送別のあれこれ

○野田君に船橋まで出てきて貰い、彼の希望する祝いの品、チェーンを、お店の人のアドバイスをいただきながら購入。彼がチェーンを首に提げて研究室に来るようになったのは3年の秋だったろうか。彼の「変わりたい!」という願いが強く伝わってきたのだった。
○その後、昼食、お茶、再び1階のジュエリー店へ。もうあれこれわがままを言うことができる人がいなくなるかと思うと、お別れの品選びも慎重になる。明日の「保護者会」でお渡しする。
○野田君が拙宅までぼくを送ってくださるというので、お越しいただき、談笑。時を思うままに持つことができないかと思うと、語り口調に嫌らしさがあったのではないかと、申し訳なく思う。
○お見送りがてら、鰻の店にえもんにご案内して、夕食を供にする。ご主人が手術をなさり「サイボーグになって帰ってきたのよ」とおかみさんが笑って語ってくださったが、いや、この地域に共に住み着いて40年という「同志」だ。いつまでもお元気で、調理の見事さを地域住民にプレゼンテーションをしていただきたい。「美味しいものを食べながら地域で皆がワイワイ、自分の技を提供する、個人商店ならではの良さを活かしていきたい」と、感動的なお話を伺った。野田君にとって、何よりもの、プレゼントだ。
○ジュエリーの店でもにえもんさんでも、野田君は、「お孫さん?」だった・・・・。
○明日は保護者会。最後の保護者会かな?