住所録作成作業継続

○6時半起床。昨日と同じく4度の目覚め。寒いわけではない。精神不安定。
○資源ゴミ出し。一度、左脚が突っかかって転びそうになった。脚がまだ上がりきらないんだなあ。寒さの中でその傾向はまだまだ続く。気を付けよう。
○先日お会いした三重の田中さんから野辺野神社のお守りが送られてきた。
○住所録作成作業、遅々として進まず。一気にガーッと行きたいんだけどなあ。やらなきゃ、行かないわな。
○2005年ごろに訳したユゴーの詩が出てきた。ギリシャ神話の登場文化が数多く、よくわかっていなかったんだな。それにかかわっていたとは露知らず、ギュスタヴ・モローの絵画と重なるのだ。こんな詩だ。当時書いた若干の解説も含めて。
○ 私の前に絶えず汝はなぜ現われるのだ。
おお、我が子ども時代と我が喜びの日々よ。
ほとんど消えかかっている我が心に汝は何を蘇らせるのか。
おお、はるか記憶の彼方の輝かしい幼き頃よ。

おお!私が幸せだったこと!私が無邪気だったこと!
教室には、オーク材の椅子ひとつ、すり減って、艶があって、ピカピカしていた、
テーブルひとつ、勉強机ひとつ、重い黒のインク壺ひとつ、
ランプ一つ、夜の星の下に育った貧しい姉妹が、
おごそかにそしてそっと、私をもてなしてくれた。我が師は、
司祭であった。私が師にお話をするたびに、
穏やかでうっとりする口調で、暖かいまなざしで、
学者の如く純朴で、子どもの如くいたずらっぽく、
師は私を抱きしめ、こう言った、たっぷりと誉めてくれるために。:
「まだ9歳だというのに、この子はタキトゥスを説明してる。」
ああ!神に召されてしまった才気の人、ウジェーヌ の傍で、
私は隠れるようにして勉強をしていた。−それから、そうそう、考えていた、
文を綴っている間に、−間違いなど気にせず、しかしとりとめもなく、
作文でいっぱい、破格な語法をまき散らしながら、
予期せぬ感覚の著者たちにでっち上げて、
かがめた背中、ラテン語の韻律辞典に触れんばかりの胸、−
子どもの心はどんな時でも起きているから、私は、
私の耳のすぐ傍で、ぼんやりと聞いていた、
饒舌で、すっかり馴染んだ、ギリシャ語とラテン語を、
インクで書きなぐり、そして初心者のように楽しく、
鳥が地面に降りてさえずるように、
重い辞書の黒い1ページの中に、
逃げるミツバチの羽音以上の二つの騒音、
夜のため息以上に押さえつけた息吹、
それらが、時々、銅の留め金を掛けさせる、
ちょっとばかり古い本のページの虜となって!
課題をこなし、若い鹿のように軽快に、
私たちは広い庭を走り抜け、
同時に、ちぐはぐなことばをたくさん投げながら。
私は、バタバタと、兄たちを追いかけた;
澄み切った星が輝き、
ミツバチが静かな空気の中を飛び、
二羽の小夜啼き鳥が、暗闇で啼き、
自然にくまなく、音楽を教えていた、
同時に、おしゃべりな子どもが、驚くようなしぐさで、
至るところで、無邪気で大胆な遊びを始め、
そこら中、生き生きとした輝きで歓喜の声を挙げた、
三本の紐で結わえられた本を、私は腕に抱えていた、
ホラティウスと饗宴、ウェルギリウスと森林、
オリンポスの神々、テゼウス、エルキュール、そしてお前、ケレス、
残酷なユノ、レルネと燃えるヒュドラ
そして岩山ネメアの大量のライオン。

しかし、母のところに戻った時には、大抵、
母は、暖かいまなざしで、子どもをからかった、
私は不機嫌になり癇癪を起こし、
私はごちゃごちゃにした、樹齢何百年を経たイチイの近くの、
私が上手にこしらえた小さな庭を、
大きなイヌが、通りすがり、完全に荒らしてしまった;
私の畑の鳥かごが開いてしまい、
そして私の鳥が小さな森の方へ飛んでいった、
そして、うれしそうに、花から花へと飛んでいた
はるか彼方の自由を求めて、−さもないと捕獲者が、
空へ、と!私は駆けつける、顔を赤くして、無我夢中に、急いで、
呪いながら、大きなイヌを、へまな庭師を、
そしてムカツク鳥を、そしてその出来損ないの罠を、
狂ったように!−目でわが母は私を慰めてくれた。

 ☆この詩は、フォイヨンティンヌ通りに居住した前半期(1809年から1811年。7歳から9歳。)の思い出を歌ったもの。兄弟3人がラテン語を習いに行った場面に始まる(ラテン語を教えたのは「ラリヴィエール」という名の司祭だったとか)。そこでギリシャ神話を学習し、思い付くままのお話を綴り、それをネタにして、兄弟の空想物語が展開される。次兄のウジェーヌは、とりわけ、その話しが上手だった。学習後の帰路に通り過ぎるフォイヨンティンヌの旧女子修道院の広大な庭の様々なものを神話の主人公たちに見立ててはしゃぎ廻る。それを、帰宅後母に語ると、母は茶々を入れる。幼いヴィクトールは癇癪を起こして、自分で作ったお気に入りの『庭』を壊してしまう。通りすがりのイヌまでそれに加担する。あろうことか、イヌは『庭』の畑の鳥かごを壊してしまい、鳥は逃げていった。はじめのうちはあっちこっちを飛んでいた鳥も、やがては空の彼方に姿を隠す。ヴィクトール少年は、それを無我夢中で追いかけたのだが・・・。見守っていた母親がヴィクトールを慰めた。

君は緑のフォイヨンティンヌを覚えているだろう、
そして、庭園の大きな並木道を。我ら子どもの声が、
我ら澄んだ小鳥の囀りが、
並木道を伝って、塀壁の片隅にまで、水汲み場にまで、
鳥の巣にまで、そして柏のくぼみにまで、届いた、
たくさんの素敵なこだま。
(1837年)