悠華さんと

 12時半、待ち合わせ約束の有楽町駅改札口で悠華さんから声を掛けられた。わずか半年しか経っていないのだから人相風体が変わっているわけはないが、それでも美しく輝いていた。「社会に出ていろいろとぶち当たりながら問題を解決しようとするエネルギーが悠華さんを逞しくしたのだなあ。」と感嘆した。
 昼食を予定している近大水産研究所への道すがら、ぼくの身体状況を報告。見た目では分からないであろうことも報告した。不自由だけれどめげないで日々を過ごしていること、メニューになっているリハビリ以外はすることが自由気ままであり、その分なかなか充実感を得られないこと、こうやって親しんだ人たちとお会いできることが,今のところ、人生を楽しませてくれていること、などをお伝えした。
 昼食を終えたあとは「銀ブラデート」。そして木村屋でお茶。ゆったりと、悠華さんの仕事の話などを伺った。高校教育は準義務化(ほぼ全入化)しているわけだし、そのため、青年期の持っている活力をきちんと受け止めることを社会が「事実上、学校に丸投げ」している我が日本のこと、そして十分な教育的環境を作らないでも教育行政側の「お目こぼし」がなされている青年期教育のこと、いわば<教育の矛盾の吹きだまり>の中で、「教える・学習を保障する」という仕事に専念したくても出来ない、成り立てほやほやの「教師」が、何とか前を向きたいと苦悩し、しかし、自分はここに立ち止まって教育実践を創造するという明日の道を選び抜くことは出来ないと思う<今>を、正直に語ってくれた。
 ぼくが言えること。「君の人生選択の道をしっかりと応援するよ。」であった。決して「ガンバレ!」とは言えなかった。言うべきでもない。「子どもたち」と正面向かって「語り合う」ことが保障されない教育環境の中では、ガンバルことはどういうことか。
 次回、また、学生時代の友人を巻き込んで、いろいろと人生の選択にまつわる語り合いの時を持つことを約して、お別れした。
 本当に心から語り合えた半日でした。ありがとうございました。
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