♪知らない街を歩いてみたい、どこか遠くへ行きたい♪(6) ある老軀者の回想

 翌朝目が覚めると、窓の外は雨で煙っていた。旅先で雨の朝を迎えたことはあまり経験がない。さて、この雨、涙雨か、慈雨か。夕刻の4時過ぎの列車でパリに向かわなければならない。成り行き任せで旅路を楽しむわけにはいかない緊張感を持って、宿を出た。
 サン=ジェルマンのコレージュとジャック・アミヨ校のコレージュとの歴史関係を調べる。ほとんど歴史教養がない身にとって、調査の方法論は手探りである。とりあえず、昨日の観光協会で手がかりのヒントを求めよう。
「ボンジュール・マダム。」
「ボンジュール・ムッシュ、昨日の私のガイド、お役に立ちましたか?」
「ウィ(もちろん)!ところで今日はまたお訊ねしたいことが出来たので伺いました。」
「なんでしょ、お役に立てるのなら、ヴォロンティエ!(喜んで)。」
 前掲の調査課題を伝えると、「それは観光協会の仕事ではないわね−。」と笑い、「ジャック・アミヨ校の近くにヨンヌ県立古文書館があるから、そこでお訊ね下さい、誰でも入館できます、ただし外国人の場合は、パスポートと所属する機関の研究協力依頼書が必要です、持ってるわね?」という。「パスポートは当然持ってますけど、所属機関の依頼書は携えていません。」「あら、困ったわね、あなたの国とお名前は?念のためにパスポート見せてちょうだい。」案内嬢はパスポートをコピーしていた。
 ヨンヌ県立古文書館に、かなり緊張する体を運んだ。かつての監獄の跡地利用のようだ。幽閉塔が屹立し、回りを睥睨している。

 まず受け付けで資料探索の趣旨の話をすると、「観光協会のマダム***から先ほど電話があり、あなたの入館にとくだんの配慮を求めるとの要請がありましたよ。」と言いながら、入館証の発行をしてくれた。2階の事務局に案内を受け、そこでも資料探索の趣旨の話をする。閲覧室で資料を求めそこで閲覧するように指示を受ける。閲覧室の係官にみたび話をする。係官から座席指定を受け、閲覧資料の登録をする。文書名の具体は不明なので、キーワード登録をする。フランス革命によって宗教的制度下にあったものはほとんど解体されているので、革命後、再制度化されたかどうかをまず切り口にして、文書検索をお願いした。
 検索に引っかかった古文書を、一回に付き一文書、閲覧できるシステムである。一文書と言っても、束ねてあるものが多いので、とても分厚い。係官が笑いながら、「あなたはフランス語の会話は非常に不十分だが、我々から見ても古いフランス語を本当に読めるのか?」とからかいながら、渡してくれた。指定座席に運び机に静かに置く。多くの利用者が静かにノートパソコンで史料を筆写していた。写真・コピーは厳禁なのである。
 さあ、期待するものがありますように。静かに念じて、「学事情報フランス革命後30年」と書かれた表紙を開いた。そこにはフランス語筆記体文字がつらつらと並んでいるだけであった…・。