「書くことがない」

○戦前の生活綴り方教育史を追いかけていると、明治末期からの「自由選題主義」に行き当たる。そして大正末期から戦前期まで「書くことがない」という題の綴り方が続出する。
○要するに、主題をひねり出せないいい子ちゃんたちのカッコづけポーズだ。「綴り方の時間、みなの鉛筆を走らせる音が教室に響く、先生が机間巡視で歩かれる足音が私の耳元に届く、私はまだ書くべき題が見つからないから、先生にそれを知られるのが怖い、……とうとう終業のベルが鳴った。」こんな愚にもつかないことを綴って、表題「書くことがない」。文章力はあるからこんな芸当ができるわけで、日本中の子どもの間で流行した。先生方も指導力がないから、「面白い!」と赤ペンを入れる。
○で、昨日のきわめてセンチメンタルに楽しかった一時のあとの今日、明日の診察を待つ落ち着かない時。なにもする気が起こらず、布団から起きてPCに向かうだけ。今日は体を休めましょうね、とトドちゃんや姫さまの優しい心にすがりついて過ごした一日でした。
○明日の診察は、眼科は無し。採血もないので先生の問診だけだが、「前立腺ガン」に関わる血液による診断結果が伝えられるはずだ。