ぼくはやっぱりシューが好き

○ゴルフボールを使ってのリハビリ午前午後それぞれ30分。万が一の事故があってはいけないと思い、ボールは「打つ」のではなく「投げる」ことを原則とした。左手オーバースロー。思うように投げられるのは望むべくも無い。一投ごとに転がりゆく距離を含めて20メートルほどか。ボールを拾う時膝を曲げ腰をを下ろすポーズにした。足と腰、背筋肉を刺激するため。そもそもそのポーズにする際、そして立ち上がる際、ひっくり返るのではないかと恐れていたが、今日のところはひっくり返らずにすんでいる。
○パリに出かける度に、ウージェーヌ・シュー(Eugène Sue (1804-1857))『パリの秘密』の単行本を求め歩いた。
 この作品は『ジュルナル・デ・デパ』という新聞の1842年から1843年に連載された。新聞に連載の書き下ろし小説が掲載されるようになった初めての作品という意味でも記念碑的な作品であるし、当時のパリの民衆がこの作品を読むために字を読むことを習ったというほどの大衆人気作品。識字率を高めることに大いに貢献した。連載小説の単行本化は連載開始の1842年から始められた。パリの人たちは単行本売り出しの日、書店に行列を作って、買い求めたという。新聞連載小説ではないが、大衆の識字率を高めるのに大いに貢献したと言われるヴィクトル・ユゴーレ・ミゼラブル』の20年先を行っていたのだ。
 いつもの古書店で在庫しているかと訊ねたことがある。「あるよ、文庫本ぐらいの大きさでずいぶん巻数が多い。でも、ものすごく高いから、買うのは止めた方がいいね。」と笑いながら助言してくれた。店主の座る机の背後にある書棚の一番上に、それは並んでいた。『いくらか?』と訊ねようと思ったが、店主の親切は、これまでぼくを裏切ったことがない。それで初版本を入手することは諦めた。
『パリの秘密』に取り入れられている「道具仕立て」、例えば「小さな犯罪のために15 年間の徒刑」「銀の燭台」「宿屋を営む夫婦の悪党ぶり」「元貴婦人が街娼に身を落とし不治の病にかかる」「その娘もまた薄幸の身となる」などなどが、あまりにもヴィクトル・ユゴーレ・ミゼラブル』の「道具仕立て」と似すぎている。今日風に言えば、『レ・ミゼラブル』は『パリの秘密』を剽窃(ひょうせつ)した、ということになる。訳本も原作も手に入らないぼくは、『『パリの秘密』の社会史』という研究書を紐解き、基本的な知識を仕入れた。しかし、隔靴掻痒の思い。クリニャンクールの古書店に行けば,初版本ではなく安く手に入るかもしれないと考えた。そして、1851年4巻本の複製本(いわゆる復刻版)を30ユーロで入手した。これはじつに買い物だったと思っている。そのことによって知り得たことをもとに、研究課題を意識して、次のように綴った。
 シューもユゴーも国会議員に選出されている(第2 共和制時代)。前者は議会では無言を貫き、後者は派手な演説で大向こうをうならせた。しかしながら両者とも、ナポレオンIII 世の圧政から逃れ亡命をする。両者の決定的な違いは、障害者に対する目であろう。シューがリアルに障害者(とりわけ精神病者知的障害者)の姿を描き、医療・政策のあり方に疑問を投げつけ、改善策を主人公に語らせているのに対して、ユゴーは同作品に障害者を登場させることはない。ただし、シューが『イディオ』(白痴)という短編を発表した頃、ユゴーは『ノートル・ダム・ド・パリ』という作品を無署名で発表していることを無視することは出来ないけれど。そして、この両者には決定的な差異がある。シューはフーリエ風の社会主義的ユートピを描き、ユゴーブルジョア自由主義ユートピアを描く。
 で、以下は、シューの小品「イディオ」拙訳。収録アドレスのみ。
 http://d.hatena.ne.jp/kawaguchi-yukihiro/20140719/1405762872