♪知らない街を歩いてみたい、どこか遠くへ行きたい♪(11) 祖母を尋ねて 第四場

 こうしてYこと「ぼく」は「祖母」と「母」を尋ねる旅に出た。2005年3月3日のことである。まさかこの旅が、ある昔人の家系を温ねることにつながるとは、その時には思いもしなかったことである。−
 パリ・リヨン駅を発したディジョン行きの列車が雪の中をつき走る。車内検札で車掌から、最終目的駅クラムシー(ブルゴーニュ地方の小都市。パリから南東へ約200キロのニエヴル県の北端に位置する。我が国では名作『ジャン・クリストフ』の作者ロマン・ロランの生誕の地として語られる。)への乗換駅ラロッシュ・ミジェンヌでオセール行きに路線変更をするようにと告げられる。乗換駅からのクラムシー行きは運行していないという。大きな動揺を見透かしたように車掌が、オセールからはバスがクラムシーまで代替運行をしているよ、と教えてくれた。やれやれ何とかクラムシーにたどりつくことができそうである。
 横殴りの雪を透かして窓外を走る林、河、貯水池、丘陵地帯などを見て、約1時間を過ごす。2003年夏の「清水寛先生と行く、『エミール』、セガン、21世紀平和への旅」でのクラムシー訪問の際は、団体貸し切りバスで農村風景の中に姿を見せる牛や羊、馬、様々な鳥類の群れを楽しむことができたが、今回の旅ではそれらの生物光景を楽しむことができなかった。真っ白のフランス田園風景を見るのははじめてなので、それはそれで心躍るものがないわけではなかったが、やはり悪天候による旅路の不安の方が大きい。
 ラロッシュ・ミジェンヌ駅でオセール行きのジーゼル・カーに乗り換える。しかしなかなか発車しない。30歳前後だろうか、一人の男性客の「朝からもう3時間も待たされているのに、まだ動かないのかっ!」という怒鳴り声が聞こえた。車内の客の様々な会話から「まだクラムシーはいい方だ。かなり多くの路線がバスの代替もないらしい」という声が漏れ聞こえてくる。吹雪によるものかと思ったが、それにしても列車運行が休止になるとは考えられないほどに、静かで量の少ない降り方である。しかし、外は相当に厳しい寒さで、まさに身が切れるほど。だとするとレールが凍結したせいであろうか。緩やかではあっても上り坂が続くわけであるから、安全のために列車の運行をストップさせたのかとも考える。そして、吹雪のクラムシーをさまよい歩く自分の姿を想像する。
 ゆっくりとジーゼル・カーが動き始めた。約4時間の遅れの発車である。もっともぼくが乗り込んでから過ぎた時間はおよそ30分であったのだが。15分ほどでオセールに到着。ここは昨年(2004年)10月末に調査に入ったところである。遠景にオセールの旧市街を目にしながら、クラムシー行きのバスに乗り込む。バスはヨンヌ川沿いを快適に走る。ほとんど雪は消えている。ヨンヌ川を伴走する運河の表面が氷結しているのが外気の厳しい冷たさを思わせる程度である。緩やかな丘陵になっている田園のただ中を突き抜け、バスは幾度か中世建築物の残る集落を過ぎる。バスに揺られはじめておよそ1時間経った頃から、ぼくの頭の中に収められている地名集落と出会い始める。今度こそ、クラムシーでの調査のあれこれに思いをめぐらせていた。
 ヨンヌ川とニヴェルネ運河とが合流するところに作られた貯水池に、白鳥が2羽、羽を休めていた。鉛色に染められた風景の中にあって、その白さがまばゆいほどであった。