ハードディスク復旧

○昼、姫さまにお会いし、堅焼きと「1843年のセガン」第2号その他をお渡しした。白鳥写真をご覧になり、「最近の鶴様の写真には動きが写されるようになりましたね。」と言われる。「自分が動けなくなったから願いを写真に表しているようですね。」とお応えする。誉められてうれし。
○柏ビックカメラ内のソフマットに立ちより、データが復旧になったとの連絡を受けていたHDを受け取る。現在、ファイルの点検中。根気のいる作業だな。
○ぼくが改訳が必要だと言い続けてきたセガン1843年論文は、次のような頭出しで訳され、「読まされて」きたのだ。
「社会が提起する目的によると、問いかけというものは、重要なものであるかそうでないものかのどちらかである。
 家庭というものが極度に政治的構成を有していた古代社会では、共和国に徳の負債を支払えない生活者はみな、国家に対してであれ家父長に対してであれ、生存の価値なきものと宣告されていた。そこで、不完全な自然を有するものが、発育はできなくても保護は受けることができる慈善的保護施設は、古代にはその痕跡をどこにも見いだせない。」
 もうあとはいいでしょ。この日本語、絶対訳者ご本人(故中野善達氏)の手になるものではなく、そこら辺の、ちょっとフランス語が読める、しかし日本語能力が欠落している院生によるものと推察する。「…というもの」という連発は、じつに低学力学生のレポートに頻出する言葉遣いなのだ。